2013年8月

レバノン週報(2013年8月26日〜2013年9月1日)

BBCでも紹介されたバスの廃車体アート。

8月26日にベイルートに戻ってきてから、当地は米国主導によるシリア攻撃がいつ行われるかという話題で持ち切りとなった。アサド政権が8月21日に化学兵器を用いて1400名以上の自国民を殺害したと米政府が見なし、27日にはヘーゲル米国防長官が攻撃実施の用意がある旨言明すると、レバノンへの波及効果に関して深刻な懸念が生じるに至った。

と言うのもこのような状況では第一に、シリアからの難民がさらに流入する可能性が高まったからである。人口約400万人を擁するレバノンには既に、シリア人難民が登録されているだけでも約70万人おり、実際には100万人以上の難民がいると言われている。

従って、既にシリア人難民の存在がレバノン国家の受け入れ能力を超えている状況にあり、欧米諸国(米国や英国、フランス)による対シリア攻撃可能性が高まる中で、難民がこれ以上押し寄せてくることをレバノン政府は警戒したのであった。結論から言えば、今週末にかけて多数のシリア人が避難してきたものの、レバノン側が恐れていた集団流入といった事態は生じなかった。

他方、シリア人難民問題以上に注目を集めたのがシーア派組織「ヒズブッラー」の動向であった。これまでに本レポートで紹介してきたように、ヒズブッラーはアサド政権を依然として支持しており、最近では公然とその戦闘員をシリアに送り込んで同政権の戦闘力維持に加担している。それ故に欧米諸国がシリア攻撃を実施した場合、ヒズブッラーが対イスラエル攻撃に着手することで新たな戦端を開き、米欧軍の作戦を妨害する可能性が存在するのである。ヒズブッラー所属のハサン農業相が8月28日に、シリアが攻撃された場合には何らかの対応を取る可能性を示唆した一方、同組織が反撃に出るのは大規模な攻撃が実施された場合に限るという、条件付きのものであるとのヒズブッラー筋からの情報も出ている。

イラクでの苦い戦闘経験を有することから、とりわけ米国と英国は対シリア攻撃が限定的なものに留まると言明しているが、そうした場合でもヒズブッラーによる反撃が行われるとの見方も根強い。また、アサド政権が自国に対する国際的な関心を逸らす為に、レバノン内の「協力者」を用いて、同国で何らかの事件を引き起こす可能性も否定出来ない。事実、8月23日にレバノン北部の都市トリポリで発生した連続自動車爆弾事件には、シリアの情報機関員と「親アサド」のレバノン人聖職者の関与が言われている。こうしたことを踏まえ、欧米・湾岸アラブ諸国出身者の一部はレバノンからの退避を始めている状況であるが、ベイルート市内は一時帰国前と変わらず平穏である。

※ 写真:2013年8月撮影
BBCでも紹介されたバスの廃車体アート。
レバノン内戦終了(1990年)後のベイルートではバスを軸とする公共交通網の整備を目指したが、住民の理解を得られず失敗に終わった。

レバノン週報(2013年8月5日〜2013年8月9日)

ラマダーンが半ばに明けた今週は、一時帰国する8月9日までの報告となる。

さて、4月上旬に首相職に任命されたサラーム議員による組閣努力が、対立する政治勢力間の新内閣の性格をめぐる見解の相違により、膠着状態に陥っていることはこれまでに幾度も触れてきた通りである。「3月8日連合」勢力の側が、主要な政治組織が全て参加する「挙国一致内閣」を望んでいるのに対して、「3月14日連合」勢力の側は、こうした政治組織を排除した形の「テクノクラート内閣」を要求している。

このようなデッドロック状態が続く中、最近では「中立的」と見なされているスライマーン大統領がテクノクラート内閣を支持する旨の発言を行い、また「風見鶏」と形容されることの多いジュンブラート議員も同様な見解を取るようになった。ジュンブラート議員はこれまで、3月8日連合の主軸を成すシーア派組織「ヒズブッラー」や「アマル運動」が参加しない内閣の樹立には反対してきていたが、8月7日には従来の見解を覆す発言をした。

事実、3月14日連合を率いるハリーリー前首相の提案に沿う形で、ジュンブラート議員は自らが率いるドゥルーズ派組織「進歩社会主義者党」、及び同前首相が属するスンナ派組織「ムスタクバル潮流」やヒズブッラーといった主要な政治組織が参加しない内閣の成立を望ましいとしている。スライマーン大統領やジュンブラート議員の動きが来週以降、具体的にどのような政治的な動きに繋がるかは定かではないものの、サラーム議員もテクノクラート内閣を望ましいと見なしていることから、今後は同内閣の樹立を目標に様々な駆け引き・調整が図られていくことになろう。

なお、シリア情勢はレバノンに様々な形で影響をもたらしているが、とりわけ国境地帯においてはアサド政権に敵対している反体制武装勢力が拠点を有していることに伴い、シリア政府軍からの砲撃が日常化している。8月5日にもヘリコプター攻撃が行われ、負傷者こそ生じなかったものの、国境地帯の住民がアサド政権の強硬姿勢に不満を高めているとの報道も出てきている。

レバノン週報(2013年7月29日〜2013年8月4日)

シーア派組織「ヒズブッラー」を率いるナスルッラー書記長の演説風景。

シリア情勢への対応をめぐり、レバノンにおけるシーア派組織「ヒズブッラー」と、スンナ派組織「ムスタクバル潮流」が見解を異にしていることは、これまで折に触れてきた通りである。ヒズブッラーがアサド政権に協力する形で自らの戦闘員を組織的にシリアに送り込んでいる一方、ムスタクバル潮流は軍事・資金面での協力を中心にシリアにおける反体制武装勢力を支援している。こうした中で8月2日には、ヒズブッラーを率いるナスルッラー書記長と、ムスタクバル潮流を率いるハリーリー前首相が時間帯をずらしつつも、共に夕刻から夜にかけて演説を行った。

双方の演説共にこれまでの政治姿勢を正当化するものであり、故に特に目新しいことはなかったが、注目されたのはナスルッラー書記長が久々に公に姿を見せたことである。

ナスルッラー書記長がイスラエルによる暗殺を警戒し、ヒズブッラーの拠点があるベイルート南部ダーヒヤ地区にあると言われている隠れ家から、ビデオ・スクリーンを通じての演説を行うことが多い中、8月2日は同地区のスタジアムに姿を現した。その結果、通常よりは短い40分程度の演説ではあったが、会場は大興奮であった。そしてナスルッラー演説が終了してから2時間後、今度はハリーリー前首相の演説がテレビ放映されたが、視線も定まらず迫力不足といった印象は否めなかった。ハリーリー前首相が暗殺を恐れ、パリやリヤードといったレバノン国外に滞在していることもあって、ムスタクバル潮流主催のイフタール(断食期間中における日没後初めての食事)会場に集って演説を聞いていた人々の反応も、今ひとつ盛り上がりに欠けていた。

なお、シリア情勢に関して解決の糸口が見えない状況が続いている中、アリー駐レバノン・シリア大使はビッリー国会議長と7月29日に会談した際、政治的解決を拒否し軍事的解決を支持する旨の発言を行った。アリー大使による強気の発言の背景には、アサド政権が6月5日にシリア・レバノン国境からほど近く、また両国間の交通の要衝であるクサイルを反体制武装勢力から奪還した後で攻勢を強めていることがあるが、レバノン北部や東部といったシリアとの国境地帯では誘拐事件や暴力沙汰が多発しており、治安状況の悪化が一層懸念されるようになっている。

※ 写真:2013年8月撮影
シーア派組織「ヒズブッラー」を率いるナスルッラー書記長の演説風景。
自宅テレビにて8月2日に撮影。

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