レバノン週報(2013年6月24日〜2013年6月30日)
南部の都市サイダー郊外のアブラーにおいて、スンナ派の聖職者アシール氏及びその支持者らとレバノン政府軍との衝突が6月23日に発生したことについては先週に触れた通りである。アシール氏らが、シーア派組織「ヒズブッラー」の武装維持とアサド政権支持を声高に非難すると共に、ヒズブッラー支持者に対する挑発行為を繰り返していたために、レバノン政府軍は治安維持の観点から、アシール氏の支持者逮捕に踏み切ったのであった。これに対してアシール氏側がレバノン政府軍に対する激しい反撃に出たことから、戦闘は結局翌24日の午後まで丸一日続き、アブラーの住民も50人以上が負傷する事態となった。また、レバノン政府軍側は少なくとも17人が死亡し100人近くが負傷した一方、アシール氏側は40人以上が死亡し60人近くが負傷した。だが、アシール氏はアブラーの拠点から支持者らと逃走することに成功し、レバノン政府軍は彼らを現在追跡中である。
アシール氏らに対してレバノン政府軍が断固たる措置を取ったことに関しては、ハリーリー前首相やシニオーラ元首相といったスンナ派の政治家を含め、レバノンの政治家・勢力らが一様に、非政府主体による武装維持が国内の治安を悪化させているとの認識の下に支持を表明した。しかしながら、その後は国内におけるスンナ派とシーア派の緊張を高める方向に作用している。と言うのも、ハリーリー前首相やシニオーラ元首相が率いるスンナ派主体の政治組織「ムスタクバル潮流」関係者らが6月25日に、シーア派組織「ヒズブッラー」による武装維持に対してレバノン政府軍が同様な措置に着手しないならば、政府軍はダブル・スタンダードに基づいて行動していることになる、との非難を行ったからである。さらに週半ばには、レバノン政府軍兵士らがアシール氏の支持者を路上で暴行していた映像まで公開されるようになり、また政府軍とヒズブッラーが共同して作戦を展開していたとの疑惑まで語られるようになった。
この結果、レバノン政府軍の「中立性」に関して疑問符が付く状況となり、金曜礼拝(6月28日)後には政府軍のアブラーにおける作戦に対するスンナ派主体の抗議活動がサイダーやレバノン北部の都市トリポリ、首都ベイルートの一部地区で行われたが、いずれも小規模なものに留まった。他方、シニオーラ首相らは同日に、アブラーでのレバノン政府軍の作戦に関する調査を要求する覚書をスライマーン大統領とミーカーティー首相に手渡した。ヒズブッラーのカーウーク「政治評議会」副議長は30日に、このようなムスタクバル潮流サイドの動きを非難し、またレバノン政府軍を称えたものの、政府軍とヒズブッラーの共同作戦に関しては否定した。
レバノン週報(2013年6月17日~2013年6月23日)
現職国会議員の任期が6月20日に切れることから、「憲法評議会」がどのような裁定を下すのか注目を集めていたが、18日及び21日共に再び定足数不足により投票を行うことが出来なかった(定員10人の同評議会においては、決定を下す際には8人の出席かつ7人以上の賛成を必要とする)。すなわち、先週の11日と12日のケースと同様、憲法評議会のシーア派メンバー2人とドゥルーズ派メンバー1人の計3人が、両日共に会合を欠席したのであった。この結果、5月31日に国会が現職議員の任期を17ヶ月、すなわち2014年11月20日までの延長を決定したことに対して、スライマーン大統領が翌日に、そしてキリスト教徒主体の政治組織「自由国民潮流」サイドが3日に、それぞれ憲法評議会に対して行った異議申し立てが却下され、国会の決定が通った形となった。これに対しては、若者を中心とする抗議の座り込み活動が弊センターのある「ダウンタウン」で6月20日から21日にかけて行われ、道路交通が一時的に麻痺する事態を招くことになった。
他方、先週のレポートでスライマーン大統領がシリア問題に積極的に取り組んでいることを紹介したが、シリア政府軍と反体制勢力双方の越境攻撃により、国境地帯居住のレバノン人にこれまで多数の被害が出ていることに関して、同大統領はアラブ連盟と国連の場でシリアを提訴することを検討してきた。だが、担当のマンスール外相が検討を名目に提訴に向けた動きを取らなかったことから、スライマーン大統領自ら覚書を国連(6月18日)とアラブ連盟(20日)に送る事態となった。マンスール外相の行動は、サラーム議員による新内閣樹立が遅れ、ミーカーティー内閣が暫定内閣として事務管理の限られた職務のみ法律上遂行可能な状況からも説明可能であるが、それ以上にアサド政権擁護の姿勢を堅持しているシーア派組織「アマル運動」に同外相が属していることが大きいと思われる。と言うのも、スライマーン大統領のこうした動きは「親アサド」のレバノン人・勢力からの批判を招いているからである。
なお、シリア情勢の影響を受けてレバノンでは治安上憂慮すべき不穏な事件が発生してきているが、6月23日には南部の都市サイダー郊外のアブラーにおいて、スンナ派の聖職者アシール氏とその支持者がレバノン政府軍と衝突するという事件が起きた。シーア派組織「ヒズブッラー」による武装維持とアサド政権支持に対して、アシール氏らが声高に非難し続けていたために、ヒズブッラー支持者との衝突が発生していたが、レバノン政府軍は治安維持の観点からアシール氏の支持者逮捕に踏み切った。だが、アシール氏側がレバノン政府軍に対する反撃に出た結果、少なくとも政府軍兵士10人が死亡する事態となった。レバノン政府軍とアシール氏側との戦闘はかなり激しく、送電線網も被害を受けたために23日の夜はベイルートでも停電が発生するに至った。
※ 写真:2013年5月撮影
東ベイルートのアルメニア人街で見かけた廃線跡(鉄橋)。
レバノンには現在鉄道路線は存在していないが、ベイルートをはじめ各地にその遺構が見られる。
レバノン週報(2013年6月10日~2013年6月16日)
5月31日に、国会が現職議員の任期を17ヶ月、すなわち2014年11月20日までの延長を決定したことに対して、スライマーン大統領が翌日に、そしてキリスト教徒主体の政治組織「自由国民潮流」サイドが3日に、それぞれ「憲法評議会」に異議申し立てを行ったことは先週に報告した通りである。これに対して、憲法評議会は6月12日に裁定を下すと報じられていたものの、11日、12日共に定足数不足により投票を行うことが出来なかった(定員10人の同評議会においては、決定を下す際には8人の出席かつ7人以上の賛成を必要とする)。すなわち、シーア派メンバー2人とドゥルーズ派メンバー1人の計3人が両日共に欠席したために、決定が持ち越しとなったのである。憲法評議会は来週の6月18日と20日に再度会合を開くことを決定したが、これら3人のメンバーはシーア派主体の政治組織「アマル運動」や、ドゥルーズ派主体の政治組織「進歩社会主義者党」の意向を受けていることから、態度を変更することはないと観測されている。とりわけ、ビッリー国会議長がアマル運動の指導者でもあるが故に、シーア派メンバー2人は国会の決定を尊重するという名目の下、憲法評議会の会合を引き続きボイコットするであろう。
従って、6月20日に任期切れとなる現職議員の任期は国会の決定に従う形で延長される公算が高くなっており、憲法評議会の裁定が下るまで組閣作業を見合わせていたサラーム議員が来週には何らかの動きを見せることが期待されている。他方、新内閣樹立が遅れ、またミーカーティー内閣が暫定内閣として事務管理の限られた職務のみ遂行可能な状況において、スライマーン大統領がシリア問題に積極的に取り組んでいる。シリア政府軍と反体制勢力双方の越境攻撃により、国境地帯居住のレバノン人にはこれまでに多数の被害が出ているが、6月12日には政府サイドがヘリコプター攻撃を実施したことに対して、スライマーン大統領は即座に抗議声明を発した。また、11日にはシーア派組織「ヒズブッラー」がアサド政権側に軍事支援を行っていることに関して、介入を止めるように呼び掛けた。
なお、ヒズブッラーのこうした動きに対しては、スンナ主体の政治組織「ムスタクバル潮流」を率いるハリーリー前首相も6月13日に改めて非難した。だが、ナスルッラー書記長は翌日に、アサド政権に対するヒズブッラーの軍事支援を止めるつもりはないことを再び明言しており、双方による舌戦は激しさを増している。
レバノン週報(2013年6月3日~2013年6月9日)
先週の5月31日に、出席した議員97名(定数は128名)全員の賛成により、現職国会議員の任期が17ヶ月、すなわち2014年11月20日まで延長されることになったことはその後、レバノン国内に波紋をもたらしている。スライマーン大統領は6月1日に、国会によるこうした議員任期延長の決定に関して、「憲法評議会」に異議申し立てを行った。また、「3月8日連合」勢力に属するキリスト教徒主体の政治組織「自由国民潮流」も3日に同じく、憲法評議会に異議申し立てをした。この結果、国会議員選挙(6月16日に予定されていた)が行われると現内閣は辞任しなければならないため、組閣完了が6月以降にずれ込むのも致し方なしとの見方が存在した中で、5月31日の国会決定によってサラーム議員(4月上旬に首相職に任命された)による新内閣樹立が加速するとの期待が高まったものの、翌日には萎むことになってしまった。
事実6月4日には、サラーム議員は憲法評議会の裁定が下るまで組閣作業に着手することはない、と報じられるに至った。なお、憲法評議会が結論を出すまでには最低10日必要と見られているが、任期延長賛成、反対双方の意見に配慮し、8ヶ月の延長という裁定を下すと観測されている。
他方、シリア情勢がレバノンに大きな影響をもたらしてきている中で、今週も様々な動きが見られた。シリア・レバノン国境からほど近く、また両国交通の要衝でもあるシリアの町クサイルを巡り、アサド政権部隊と反体制勢力との攻防が一層激しくなるにつれて、レバノン北部の都市トリポリにおける情勢も週前半には悪化の一途を辿った。シリアにおける対立構造が大まかには、アラウィー派主体のアサド政権とスンナ派主体の反体制勢力と見ることが可能なことから、アラウィー派とスンナ派がシリア情勢の影響を受ける形で武力衝突をこれまで以上の規模で繰り広げたのである。結局、アサド政権側がレバノンのシーア派組織「ヒズブッラー」からの強力な軍事支援を受ける形で、反体制勢力をクサイルから一掃した(6月5日)ことや、レバノン国軍が治安回復に向けて断固たる措置を取ったことにより、トリポリは7日には平穏さをかなり取り戻した。
だが、ベイルートにおいては日曜日の6月9日に憂慮すべき事件が発生した。同日には、弊センターから徒歩1分の「殉教者広場」においても、ヒズブッラーによるアサド政権支援に抗議する集会が開催されたが、イラン大使館前で行われた集会では参加者らが襲撃を受けた結果、1名が死亡し、数名が負傷した。ヒズブッラーの後ろ盾がイランであることから、同大使館前で抗議行動がなされたのであるが、参加者の一部が大使館近くで車から降りた所を武装集団に襲われたのである。同日には、この映像がテレビで繰り返し流されたが、イラン大使館がヒズブッラーの影響力が強い南ベイルートに位置していることと相俟って、同組織の支援者が事件に関わっているとの見方が根強い状況である。
※ 写真:2013年5月撮影
東ベイルートのアルメニア人街での食事風景。
アルメニア風のサラダとパスタルマ(パストラミ:なお、ワインはレバノン産)。レバノンには、アルメニア人が17万人程度(全人口の4%)居住している。