【現地レポート】 ゴラン高原のドゥルーズ-シリアとイスラエルの狭間で(2011年10月)

(2011年10月撮影 ゴラン高原のマジュダルシャムス。境界線の東にはシリア領が茫漠と広がる。)

イスラエルとシリアの境界線沿いに広がるゴラン高原は、水源地としても有名な係争地だ。1967年には第三次中東戦争でイスラエルに軍事制圧され、国連安保理決議第242号で撤退が要求されたにもかかわらず、現在も占領状態が続く。マジュダル・シャムスはゴラン高原の東の端に位置し、ヘルモン山ふもとの丘陵に広がるドゥルーズの村だ。シリアとの境界線を見渡せる場所にあり、政治的には緊張を抱える村に、AA研共同研究員の方とともに10月半ば、調査で足を運んだ。

イスラエルの公共バスで行ける北端の町キルヤット・シモナから車で30分、登り坂になる曲がりくねった道を上りきったあたりに村はある。道の途中で越えるダン川、ハスバニ川、ベニヤス川は、一九六七年戦争までのシリアとの停戦ラインだ。気づかずに通りすぎてしまいそうな小川は、下流になるとヨルダン川となってガリラヤ湖に注ぐ、この地域の重要な水源でもある。

(2011年10月撮影 ゴラン高原の名産、リンゴと農園の主人)

マジュダル・シャムスは2011年の5月14日、パレスチナのナクバ(アラビア語で大災厄を意味し、一九四八年戦争(第一次中東戦争)でのイスラエルによる占領を記憶する日)にシリア側から多くのパレスチナ人が越境して入って村人に迎え入れられ、イスラエル軍と衝突が起きた場所だ。若干の緊張を予想して向かったものの、半年近くが経った村の様子はいたって落ち着いていた。豊かな高原地帯特産のリンゴの収穫時期にちょうどあたったこともあり、村では立ち寄る家ごとに採れたてのリンゴとコーヒーを薦められ、ごちそうになった。

調査の主目的は、この村の人々が抱える国籍と市民権の問題である。1967年以降、イスラエルの占領下に置かれながらも、イスラエル国籍の取得を拒否してきた人々が、現在ではどのような状況に置かれ、アイデンティティを抱いているのか、聞き取り調査を行った。

「国籍(jinsīya)がない人々の調査をしている」という私たちの説明に対して、返ってきた言葉は意外にも、「われわれは国籍(jinsīya)がないわけじゃない、自分たちはシリア人だ(iḥnā sūrīīn)」という即答だった。1981年のクネセト(イスラエル国会)決議に基づき、付与されそうになったイスラエル国籍に抵抗した世代の間では、親シリアの政治活動を理由に逮捕され、イスラエルの刑務所で10数年の刑期を過ごした人々が珍しくない。家族にも会えず苦しかったはずの日々のことを、彼らは誇らしげに語る。

一方で若い世代の間では、明確な返答は避けながらも「シリアは自分たちになにもしてくれない。自分のレセ・パセはイスラエルだ」と自らのイスラエルへの帰属を一定程度で認める言葉も聞かれる。シリアの大学で医学や歯学を学んだ人々の中には、イスラエルの各都市の病院に勤める者も多い。ローカルNGOの創設者の一人は、「民主的になってくれさえすれば、イスラエル人になることに問題はない」と語った。

他に興味深かったのは、村人の間でのロシア語話者が非常に多いという事実だ。時代背景等については確認が必要だが、「他に選択肢がなかったため」村の男性の多くはロシアやウクライナなどに留学した経験をもつ。そのまま卒業後も残り、ごく最近までベラルーシで働いていたというケースもある。筆者と同伴した共同研究員がロシア語で話しかけると、今はスーパーの店員などで働く村の男性から、ネイティブ並の発音と語彙で返事が返ってきた。

(2011年10月撮影 ゴラン高原の女性に好んで飲まれるマテ茶)

国籍を取得せず、兵役にも行かないゴラン高原のドゥルーズにとって、イスラエルでおかれた法的・社会的環境は決して容易なものではない。しかし人々は実に力強く、たくましく、日常を謳歌していた。リンゴ農園に設けた広いベランダでバーベキューを楽しみ、女性はマテ茶を飲みながら話に花を咲かせる。金曜日の夜ともなると、思い思いに車を走らせドライブを楽しむ若者でマジュダル・シャムスの通りは大渋滞になる。村人の生活を支えるコミュニティ・センターでは連日の祭りが企画され、村出身のバンドが満員の聴衆を前に演奏を披露していた。

(2011年10月撮影 独特の服装をしたドゥルーズの女性たち)

実際にフィールドを訪れ行った今回の調査を経て、筆者はゴラン高原のドゥルーズについて、紛争下で緊張を強いられ、差別と闘いながら生きる人々というイメージとはまた別の表情と現状を知ることができた。不安定な政情の下、境界線沿いに住む人々は何を思い、どう暮らしているのか、実り多い調査ができたと考えている。

(錦田 愛子)

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