2011年6月 イスラームの女性服
イスラームにとって、女性の服装はそれほどまでに大事な話なのでしょうか。
実を言うと、研究者ばかりか、当のムスリム(イスラーム教徒)の間でも、この点については意見が分かれます。ムスリムが「神のことば」と信じている聖典クルアーン(コーラン)は女性の服装について、
それから女の信仰者にも言っておやり、慎み深く目を下げて、陰部は大事に守っておき、外に出ている部分はしかたがないが、そのほかの美しいところは人に見せぬよう。胸には蔽いをかぶせるよう(24章31節)
とか
預言者よ、あなたの妻、娘たちまた信者の女たちにも、ジルバーブをまとうよう告げなさい。それで認められやすく、悩まされなくて済むであろう(33章59節)
などと述べてはいるものの、日本語訳にして岩波文庫3冊になるクルアーンのなかで、この種の話題は本当にわずか数か所しか出てきません。重複を避けようという意図がクルアーンに見られず、大事な話はむしろ繰り返す傾向があることを考えると、少なくとも量的には、イスラームは女性の服装をそれほど重視していないように思われます。もちろん、「一度しか言わなくても大事なことは大事なんだ。数の問題じゃない」という考え方もありますから、意見はひとつにまとまらないわけですが。
それに、上に引用した両節の言わんとするところも、実はあまり明確ではありません。24章31節を読めば、陰部と胸だけは隠さないといけないことがわかりますが、それ以外に女性のからだのどこを隠すべきかはどうもはっきりしません。一方、33章59節は女性に「ジルバーブ」の着用を命じているものの、このアラビア語はマントやベストなど、かなり広い意味を持つため、どのレベルの服装を神が推奨しているのか、必ずしも明らかではないのです。
にもかかわらず今日、女性の全身を覆う、あの真っ黒な衣装や、髪を隠すスカーフ/ヴェールは、多くの異教徒からもムスリムからも、まるでイスラームの象徴であるかのような扱いを受けています。1979年の革命で成立したイラン・イスラーム共和国が全身を覆う衣装を女性に義務づけたのも、政教分離原則を掲げるフランスの公立学校でムスリム女子学生のスカーフが禁止されたのも、同じ思想の現れでしょう。
もっとも、たとえ全身を覆う衣装を身に着けざるを得ない環境に置かれたとしても、おしゃれを楽しみたいという女性の熱意は挫けることがないようです。
冒頭に掲げたポスターは「慎み深さから流行のファッションへ」と題して、過去40年の女性服の変遷を皮肉ったもの。右から左に向かって1970年→1990年→2010年となりますが、撮影したのは2008年でしたから、2010年は未来予想図に過ぎず、さすがに2010年になってもここまで徹底したモード化は起きませんでした。けれども、このファッションだって陰部と胸はちゃんと隠れているわけですから、近い将来、ムスリム女性がこんな格好でシャンゼリゼを歩く日が来ないともかぎりません。もちろんそれは、このポスターの作者の望むところではないのでしょうが。
とはいえ、いまのところムスリム女性にとって現実的なおしゃれは、髪を覆うヴェールや全身を覆う上着のデザイン・色などで違いを出すこと。クルアーンも服のデザインや色までは指定していませんから、特にモロッコなどでは目の覚めるようなピンクの服をまとった女性たちに出会うことができます。
一方、これはよそではめったにお目にかかれないおしゃれアイテムだというので、私が目を奪われたのがエクステ。ムスリムが人口の半数を占めるインド中部のハイデラバードを訪れたとき、女性がアラビア半島並みに全身を覆う真っ黒な衣装を身に着けていながら、後ろ髪を出して歩いているのに驚いていたら、女性二人連れがエクステを選んでいる場面に出くわしました。
先に引用したクルアーン33章59節「それで認められやすく、悩まされなくて済むであろう」が暗示するように、女性が髪を隠し、全身を覆うのは何より、男性に悩まされずに済むようにするため、言い換えれば男性に触られないようにするためだと今日、多くの研究者は考えています。逆に言えば、中東では男性が女性の髪に魅力を感じ過ぎて、女性を悩ますような行為に及んでしまうらしく、だからこそムスリム女性には髪を隠して男性を刺激しないことが求められるわけですが、わざわざエクステを着けて髪のように見せたのではこんな重装備でいる意味がないだろう、と思ったわけです。
一方、女性服を売る店のなかには、マネキンを使って笑いを取ろうとする明るい店もあります。
左の写真のマネキンは、右の写真のスカーフ/ヴェール・コーナーと同じ店のパンスト・コーナーの脇に置かれていたものですが、こんなマネキンを見たら、スカーフ/ヴェールを身にまとうムスリム女性の「お堅い」印象もずいぶんと変わってくるのではないでしょうか。実はこうした笑いに出会えるのも、中東・イスラーム研究の大きな楽しみのひとつなのです。
(飯塚 正人)